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おばあちゃん

5月5日19時30分に永眠しました。
87歳、肺がんでした。

きれいな青空で、お花にいっぱいかこまれて旅立っていきました。

病気が分かったのが去年2012年の2月か3月ごろ。
肺の中に星ができてて年齢もいってるので、何も治療はしなかった。
10月まではおうちで、しんどいながらも過ごしてた。
でも手が痛くて病院に行ったら即入院。
10月18日くらいかな?
それからずっと病院で炎症を止める点滴を入れてた。
おうちにいた時にはわりかししっかり歩いてたけど、
寝てばかりなのと、病気の進行で2012年末にはちゃんと歩けなくなってしまった。
炎症がおさまったら退院できると思ってたんだけど、最期まで退院できなかった。
週末ときどき帰ってくるのが精いっぱいだった。
それでも年末年始にはおうちに帰ってこれて、一緒に紅白みた。
お正月を家で一緒に過ごせてよかった。

それからがくっと悪くなった。
年明けて最初の週末かな?2週目かな?
仕事行くからまた週末にくるよーっていいに行ったときに
腹水はいてしまって、ぼーっとしてた。
飲み薬も呑み込めなくなって、点滴にしてもらった。
それでもまだちょっとだけおかゆ食べれてたかな?
スプーンに1杯か2杯くらい。
調子がいいときはお茶碗半分くらい。
あといちごがおいしいって食べれてた。

調子が悪いながらも安定してるときにおうちに帰ってきて、
家で過ごしたのは庭の梅の花が咲いたよって見たのがさいごだったな。

梅の花が終わって、桜も咲いて。
庭の球根がたくさん咲いたから写真に撮って見せたら、
うんうんってうなづいてた。

4月のお誕生日で米寿になった。

4月の終わりの連休中にすごい汗をかいてて調子悪くて、
病室にいったら看護師さんたちがばたばたとしてた。

お母さんと、様子見て個室へ...って話をしてた。

仕事行ってたから2日の事はおかーちゃんから聞いた話やけど、
2日のお昼?にいたいーって、麻薬のテープをはりかえてもらって座薬もいれてもらったのかな?
しばらくして薬効いてきたのか、痛いのましになったみたいで寝たらしい。
で、3日もやっぱりずっと寝てて。

4日の朝にはおしっこがでなくなってきて、手も顔も足もパンパンになってしまってた。
汗がいっぱいでてて、暑いのかなって思ってた。
顔拭いてあげたら、まぶたが反応したから、
汗かいて、おしっこでたらまた起きてくれるかなって思ってた。
昼からまた行ったときに、目やにとろうとして目さわったけど反応なくて。
大丈夫かなって思いながら夕方帰った。

5日の朝早くにお母さんが病院行ったときもそのままの状態が続いてて、
家をちょっと片づけてから、姉と気分転換に近くの道の駅でソフトクリーム食べてお昼過ぎに病院に行った。
駐車場から病室が見えて、きたよーってお気楽に手ふってたら、
はよ上がってこいってジェスチャーで慌てて病室にいったら、
酸素量が低下してて、ピコンピコンってアラームが鳴るようになってた。
息するのもよわっちくなって、血圧も低くなってきて...。
でも、心臓はいっしょうけんめい酸素を送ろうとがんばってた。
呼吸がとまっちゃってからも13分間もがんばって生きようとしてたよ。
叔母さんがまだ来てなかったからもうちょっとだけがんばって!って言ったけど。
もう頑張らんくてええんやでって、心の中で伝えた
伝わってたと思う
すーっと逝けてよかったかな

腹水がいっぱいたまっても
心臓がつよかったから長いことしんどい思いしてたんやろね...
おばーちゃんほんまにがんばったね


5日のうちに家に帰ってきてお通夜まで座敷に寝とったんやけど
ただ寝とおだけみたいでつっついたら起きるんちゃうかって
顔つっついとったけど起きひんかった。

6日は式場がいっぱいやったていうのもあって、7日にお通夜、8日にお葬式でした。
6日の朝に地区放送で訃報が流れて近所の人がきてくれた。

7日のお通夜の前に湯灌して、きれいにお化粧してもらってひつぎに入りました。
女の人が2人でしてくれたんだけど、すっごいね!
大きめおばーちゃんなのに、すって持ち上げてゆかんしてたよ!
入れ歯はながいこと入れてなくてうまくはいらないから
いっしょに棺にいれてもらったよ。

お葬式のあとに最期のお別れで、お花をいっぱい棺にいれてお気に入りの服ももたせて棺をしめたよ。
足の先から頭のてっぺんまで、顔もかくれてしまうくらいお花がいっぱいだった!
でも、もうおばーちゃんにさわれんくなってまうって思ったら
やっぱり涙がとまらんかったー。



病院のそばを通ると、おばーちゃんまだ病院でねとるんちゃうかなって思う。
ちっちゃくちっちゃくなっておうちに戻って来とんやけどね。

自慢できるようなおばあちゃんではなかったけど、
むしろ困ったおばあちゃんやったけど、
ずっと一緒にいたおばあちゃんだったし、
どうなっても家族だし、
最後にはちゃんとわかってくれたおばーちゃんだから
覚悟はしてても悲しいしさみしいね。

いろんな思いがでてきてこの記事書くのに1ヶ月以上もかかっちまったよw
自分の記録的な意味で書いてるから読みにくくてごめんね。
Catergory in - comments(0) -

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